「最後の私小説家」と謳われた小説家「西村賢太」。主人公に作家自身を投影させる独特の私小説で注目を集め、2011年には『苦役列車』で芥川賞を受賞しました。人間の情けなさや愚かさを赤裸々に描いた、現代の無頼派作家です。

今回は、そんな西村賢太が手掛けた作品から、おすすめの小説や随筆をご紹介。西村賢太の経歴や作品の魅力もあわせて解説しているので、ぜひ手に取る際の手がかりにしてみてください。

最後の私小説家として呼ばれる「西村賢太」とは?

西村賢太は1967年東京都生まれの私小説家です。中学を卒業後、肉体労働で生活を営んでいました。やがて、無頼派作家に関心を持ち、藤澤清造の「没後弟子」を自称するようになります。

師匠にならって私小説を書きはじめた西村賢太は、同人誌から作家としてのキャリアをスタート。商業出版デビュー作『どうで死ぬ身の一踊り』は、芥川賞・三島由紀夫賞の候補作にも選出されました。

その後も、『小銭をかぞえる』で再び芥川賞の候補作に選出。2007年には『暗渠の宿』で野間文芸新人賞を受賞します。そして、2011年『苦役列車』で第144回芥川賞を受賞し、「最後の私小説家」とも呼ばれる地位を確立させました。

芥川賞受賞後には念願だった藤澤清造の作品を復刊させ、『藤澤清造全集』の刊行に向けて準備を進めていた西村賢太。2022年2月5日に54歳で生涯を終えるまで、多くのファンに愛された作家です。

西村賢太作品の魅力

西村賢太作品は、そのほとんどが自身の実体験を基にして創作された私小説です。多くの作品が、西村賢太をモデルにした男「北町貫多」を主人公として、同氏の人生を覗き見るようなリアリティのある物語を楽しめます。

「破滅型」と呼ばれる作風が特徴の西村賢太作品。北町貫多はどの作品でも暴言に暴力を重ね、自ら生活を破壊するような最低な男として描かれています。そんなダメ男を、まるで風刺画のようにユーモアを交えて描いているのが、西村賢太の私小説の魅力です。

破滅していく主人公にハラハラとさせられながらも、思わず笑いが込み上げ、清々しさを感じられるのが見どころ。一方で、北町貫多の言動には人々が奥底に隠している嫌な本音も隠されており、読者の共感を誘います。

純文学的な筆致に、破天荒で憎めないキャラクター性を織り交ぜ、「最後の無頼派」ともいわれる西村賢太作品。私小説を読んだことがない方にもおすすめの作家です。

西村賢太のおすすめ小説

苦役列車

新潮社 著者:西村賢太

短編2編を収録した、西村賢太の代表作。表題作の『苦役列車』は第144回芥川賞を受賞し、2012年に映画化もされています。

主人公は19歳の青年・北町貫多。劣等感とやり場のない怒りを溜め、埠頭の冷凍倉庫で日雇い仕事を続けています。将来への希望もなく、厄介な自意識を抱えて生きる自らの日々を、貫多は「苦役の従事」と見立てて過ごすのでした。

さらに、私小説家になった貫多の、無名作家としての諦観と覚悟を描いた『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』を併録しています。

落ちぶれた生活のなかで出会った友人と呼べる存在にすら、嫉妬し、みじめな思いを抱く貫多。逃れられない人生の重々しさと、不器用な貫多の人間性に哀愁が漂います。西村賢太の筆致を思う存分味わえる、おすすめの小説です。

小銭をかぞえる

文藝春秋 著者:西村賢太

表題作『小銭をかぞえる』が芥川賞候補作にも選出された、西村賢太の私小説。“芥川賞作家の、壮絶・爆笑の傑作私小説”と謳われる人気作です。唯一同棲した女性「秋恵」との関係を描いたシリーズ、通称「秋恵もの」の代表作でもあります。

女性にモテない「私」がようやくめぐり逢い、相思相愛になった1人の女性。しかし、同棲生活を送るうちに2人の関係は「私」の暴言や暴力によって、一触即発の緊張状態へと発展していくのです。

本作品では、金をめぐって女性と壮絶な掛け合いを繰り広げる表題作と、女性が溺愛する犬のぬいぐるみについての悲劇を描いた『焼却炉行き赤ん坊』の2編が収録されています。

他の西村賢太作品のような北町貫多ではなく、「私」という男の視点で描かれているのが本作品の特徴。ユーモアあふれる筆致に引き込まれ、思わず一気読みした読者も多い、おすすめの西村賢太作品です。

二度はゆけぬ町の地図

KADOKAWA 著者:西村賢太

「孤高の私小説家」とも称される西村賢太が、人間の本性を痛烈に描いた人気の短編私小説集。西村賢太の代弁者・北町貫多を主人公に、夢想と買淫、逆恨みと後悔にあふれる青春の日々をつづった、初期の代表作の1つです。

日雇い仕事で食いつないでいる17歳の貫多が、年齢を偽って酒屋の配達の仕事に就く『貧窶の沼』。バイト先の社員ともめて、暴行と公務執行妨害で留置所へ送られる『春は青いバスに乗って』。そして『潰走』『腋臭風呂』の4編が収録されています。

どの作品にも共通して貫多の破天荒ぶりが描かれていながらも、その人間らしい振る舞いに、どこか共感してしまう読者も多いのが特徴。清々しい青春小説としても楽しめる、おすすめの1作です。

どうで死ぬ身の一踊り

KADOKAWA 著者:西村賢太

西村賢太の商業出版デビュー作。同人誌時代の処女作『墓前生活』などを含む、中短編が3つ収録された作品集です。表題作は芥川賞・三島由紀夫賞の候補作、併録の『一夜』は川端康成文学賞の候補作に選出されました。

不遇の最期に散った、大正期の私小説家・藤澤清造。彼の作品と人物像に魅せられた男の、捨て身の日々を描きます。惨めながらも、強靭な意志を持って突き進む男の姿に、賛否両極の意見が集まった西村賢太の問題作です。

「秋恵もの」の1作にあたる本作品。藤澤清造全集の制作のため、資料探しに奔走する様子と恋人との関係性が描かれています。西村賢太の文学的原点を堪能したい方におすすめの私小説です。

やまいだれの歌

新潮社 著者:西村賢太

『苦役列車』と同じ19歳の北町貫多を主人公に、労働と悪態、片思いと小説で満ちた暗い青春の日々が描かれる1作です。西村賢太にとって初めて長編で書いた私小説にあたります。

北町貫多は中卒で家出し、孤独にその日暮らしをしていました。しかし、19歳で心機一転、再出発を図ります。貫多は横浜に移り住むと、造園会社での新しい仕事を見つけ、さらに心を震わせるような女性と出会うのです。

人生の軌道修正に期待する貫多でしたが、ほどなくして訪れたのは激しい失意の日々。しかし、ある私小説家の本が彼の心を照らし出すのでした。

西村賢太の私小説との出会いが、貫多を通して印象的に描かれている本作品。長編小説としても読みごたえのある、おすすめの西村賢太作品です。

瓦礫の死角

講談社 著者:西村賢太

2019年に出版された、4編からなる西村賢太の傑作短編集。表題作『瓦礫の死角』では、性犯罪を犯した自らの父や、罪なき罰を背負った家族との関係について触れています。

父親の性犯罪によって家族が瓦解。母親は出所後の復讐に怯え、姉は家出し消息不明となっていました。17歳の北町貫多は、無職ながらも再出発しようともがきます。しかし、入所から7年が過ぎ、張本人である父親が刑期を終えようとしていたのです。

加害者家族の現実をリアリティあふれる描写でつづった、ダークな雰囲気の西村賢太作品。西村賢太の後年の作品として、新境地を感じられるおすすめの私小説です。

人もいない春

KADOKAWA 著者:西村賢太

『苦役列車』へと連なる、西村賢太の渾身作。初期の代表作とも謳われる短編集です。「秋恵もの」3編を含む、6編の短編が収録されています。

親族を捨て、友人もおらず、孤独を抱える北町貫多の17歳の頃が本作品の舞台。製本所でバイトを始めるも、持ち前の短気と喧嘩っぱやさで、貫多はまたしても独りになってしまうのです。

他作品同様に自ら破滅に向かっていく貫多ですが、本作品では同棲する秋恵への優しさや反省もうかがえるのがポイント。西村賢太作品には珍しい、私小説以外の短編も収録されています。幅広い読者におすすめの小説です。

瘡瘢旅行

講談社 著者:西村賢太

西村賢太の5作目にあたる私小説集。2009年に川端康成文学賞の候補作に選出された『廃疾かかえて』を含む、3編の短編が収録されています。

ようやく巡り合った女性と、念願叶って始めた同棲。ところが、手放したくないはずの彼女にぶつけるのは、邪推と怒りでした。北町貫多のこの性質は、もはや治らない病気のようなものなのでしょうか。

本作品では、主に同棲する秋恵との赤裸々な日常が描かれています。貫多のどうしようもない人間性や、男女関係のままならなさが際立つ1作。思わず引き込まれるような会話劇も見どころの、おすすめの短編集です。

蠕動で渉れ、汚泥の川を

KADOKAWA 著者:西村賢太

『二度はゆけぬ町の地図』と同時期の、北町貫多17歳の頃を舞台にした長編私小説。日雇い労働から脱し、将来設計に希望を抱く貫多を清々しく描いた、“青春文学の傑作”とも評される西村賢太作品です。

無気力、無目的に流浪の日々を送っていた北町貫多。性格に難ありの17歳は、下町の洋食屋に住み込みで働き始めます。居心地の良さに、このまま料理人の道を目指す思いも芽生えますが、やがてその性格から、自ら希望を潰す行為に走り出してしまうのです。

ようやく得た住み込みのアルバイト先で、暴挙に出る貫多の姿には思わずハラハラさせられます。しかし、たくましく生きる彼の姿に勇気をもらえる、高校生にもおすすめの1作です。

棺に跨がる

文藝春秋 著者:西村賢太

“「秋恵もの」完結編”と謳われる、西村賢太の連作私小説。4編の連作短編で、貫多と秋恵の仲違いから最終破局までを鮮やかに描いています。『どうで死ぬ身の一踊り』の後日談としても楽しめる1作です。

カツカレーの食べ方をめぐって喧嘩になり、同棲している秋恵を負傷させてしまう貫多。秋恵に去られることを恐れた彼は、関係の修復を図るために、姑息な小細工を仕掛けるのですが…。

破綻した男女関係を痛切に描いているのが本作品の魅力。横暴でありながら小心者の貫多が、秋恵に対していらだちながらも後悔する様には、男女関係のリアルがあふれています。巧みな構成も見どころの、おすすめの西村賢太作品です。

一私小説書きの日乗

KADOKAWA 著者:西村賢太

西村賢太の数行の日記を1冊にまとめた、人気の随筆集第1作目。本作品では芥川賞受賞直後にあたる2011年3月から1年余りの、西村賢太のあけすけな日々がつづられています。「日乗シリーズ」として、第7作まで刊行されました。

“日記がなぜこんなにも面白いのか”と、多くの作家も魅了する本シリーズ。日々の行動や食事などが淡々と書かれているにもかかわらず、その独特のユーモアあふれる文体で、読者を惹きつけます。西村賢太の人となりを深く楽しめる、おすすめの日記文学です。