芸術性に特化した美しい文章が魅力の「純文学」。しかし、純文学とひとくちにいっても、さまざまな作家による無数の作品があります。何から手に取ったらよいか迷う方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、純文学の定義やおすすめ作家・小説をご紹介。初心者におすすめの名作もピックアップしたので、ぜひ参考にしてみてください。
※商品PRを含む記事です。当メディアはAmazonアソシエイト、楽天アフィリエイトを始めとした各種アフィリエイトプログラムに参加しています。当サービスの記事で紹介している商品を購入すると、売上の一部が弊社に還元されます。
純文学の定義とは?
純文学の定義は、「一般的に純粋な芸術性を目的とする文学」とされています。つまり、純文学とは、読者のための娯楽を重視するよりも、作家が興味を持つ分野の芸術への意識によって描かれた美的文学作品のこと。主に明治時代から用いられ始めた用語です。
多くの作家や書評家などによって、純文学=高級な小説を前提としていたり、作家自身の体験を綴った「私小説」と同一としていたり、「純文学」という名称をめぐる議論が繰り返されています。そのため、明確に何を純文学とするかの結論は出ていません。
純文学と大衆文学の違い
「純文学」と「大衆文学」は対義語とされている単語です。大衆文学は一般的に大量生産されるモノで、読者の興味に訴え、読者に楽しんでもらうことを目的として作られた文学。よって、文章も読みやすい作品が多く、楽しく面白く読めるのがポイントです。
一方で、純文学は作家がテーマとしている芸術性に重きを置いているため、作品内の風景描写や登場人物の心情描写などがリアルに描かれた作品が多いのが特徴。作品のことを深く考察して芸術性を感じ、よく味わって楽しめるのが純文学の魅力です。
有名な純文学作家
夏目漱石
夏目漱石(本名:夏目金之助)は、1867年東京都生まれの小説家・英文学者。帝国大学文科大学の英文学科卒業後は、英語教師を経て1900年に英国に留学します。そして、1903年に帰国後は再び教壇に立ちました。
しかし、学生時代からの心労が重なり、神経衰弱に陥ってしまいます。そんななか、高浜虚子から小説を書くことをすすめられ、1905年に発表した処女作『吾輩は猫である』が評判となりました。
翌年1906年には『坊っちゃん』『草枕』などを次々と発表。1907年には教職を辞して毎日新聞社に入社し、専業作家となりました。その後も、『三四郎』『それから』『行人』『こころ』など、日本文学史に名を残す名作の数々を執筆。1916年に『明暗』を執筆中、胃潰瘍が悪化し50歳でこの世を去りました。
夏目漱石作品は、前期と後期に分けて作風が異なり、それぞれ三部作があるのが特徴。例えば、前期の『三四郎』『それから』『門』では人間の自我や愛、後期の『彼岸過迄』『行人』『こころ』では人間の孤独や不安などをテーマに描いています。
芥川龍之介
芥川龍之介は1892年東京都出身の小説家。東京帝国大学英文学科在学中の、1916年に発表した『鼻』が、夏目漱石から絶賛を受けます。卒業後は、海軍機関学校で英語を教えながら『芋粥』『地獄変』『奉教人の死』、第一短編集『羅生門』などの名作を発表しました。
1919年に海軍機関学校を辞職すると、大阪毎日新聞社の社員として執筆活動に専念します。その後も、古典を題材にした短編小説を中心に、歴史小説・現代小説などを数多く発表。しかし、健康状態や精神状態の悪化により、1927年自宅で自死しました。
1935年に芥川龍之介の親友だった菊池寛により、短編純文学作品を表彰する「芥川龍之介賞」が創設。年2回選考会が行われ、現在も新進作家の登竜門となっています。
芥川龍之介作品は、計算され行き届いた構成力や、繊細な心理描写、作品ごとに変わる語り口などが魅力。「新技巧派」の代表作家とも評されています。
太宰治
太宰治(本名:津島修治)は1909年青森県に生まれた小説家です。芥川龍之介の影響から出発して、中学時代から同人雑誌を刊行し、小説家を志していました。
1933年に同人誌『海豹』に『魚服記』『思ひ出』を発表し、注目を浴び始めます。そして、1935年には『逆行』が芥川賞の次席となり、1936年第一創作集『晩年』で、師事していた井伏鱒二に認められました。
第2次世界大戦後も『ヴィヨンの妻』『斜陽』『桜桃』『人間失格』などで評判を呼び、反俗・反権威などをもととする「無頼派」の代表作家となります。しかし、1948年に玉川上水で入水自殺し、生涯を終えました。
太宰治作品は、自虐的かつ反俗的なモノが多いのが特徴。シリアスな作品からユーモア溢れる作品まで、幅広い作風の小説を書き分けています。前期・中期・後期で作風は変化し、生の喜びや滅びの両方を描きました。読者に語りかけるような文体で読みやすく、共感しやすいのも魅力のひとつです。
村上春樹
村上春樹は1949年京都市生まれの、現代を代表する純文学作家のひとりです。早稲田大学第一文学部演劇科在学中にジャズ喫茶を開き、卒業後は勤務のかたわら夜中に小説を執筆。そして、1979年『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビューしました。同作品は芥川賞候補にもノミネートされています。
また、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で谷崎潤一郎賞を受賞したほか、『ノルウェイの森』が世界的大ベストセラーになりました。
ほかにも、『ねじまき鳥クロニクル』で読売文学賞や、『1Q84』で毎日出版文化賞を受賞。海外ではフランツ・カフカ賞やエルサレム賞などを受賞しており、国内外ともに絶大な人気を誇る作家のひとりとなっています。
村上春樹作品は、リアルな現代日本に生きる人物が、異世界に入り込んでいくような作品を多く執筆。独特の不思議な世界観やユーモアがあり、奇抜な比喩表現を多く用いているのがポイントです。また、鮮やかなイメージにより、読者の心に直接訴えかけるような魅力があります。
川上未映子
川上未映子は1976年大阪府生まれの小説家・歌手です。高校時代より読書に熱中し、2007年にデビュー作『わたくし率 イン 歯ー、または世界』で早稲田大学坪内逍遙大賞の奨励賞を受賞、および芥川賞にノミネート。
そして、2008年には『乳と卵』で芥川賞を受賞しました。以降、数々の小説・詩・エッセイを発表。国内の文学賞を多数受賞しています。
また、『夏物語』は世界中でベストセラーとなりました。同作品は40ヵ国以上で刊行が予定されており、2022年には『ヘヴン』でイギリスの権威ある文学賞、ブッカー国際賞にもノミネートされるなど、世界からも注目を浴びています。
川上未映子作品は作品ごとにテイストが異なりますが、特に女性にあたたかく寄り添い、問題提起する作品が多いのが特徴。会話の流れをそのまま記したようなリズム感のある文章や、読者の意表を突くような展開があるのが魅力です。
純文学小説のおすすめ|現代
ノルウェイの森 上
講談社 著者:村上春樹
“死”から始まる、喪失と再生を描いた純文学小説です。1987年に上下巻構成で発売された作品で、村上春樹が新境地を拓いたとも謳われる恋愛小説。2010年に、松山ケンイチ主演で映画化もされました。
重たい雨雲を抜けハンブルク空港に着陸した飛行機の中で、ビートルズの「ノルウェイの森」が流れ始めます。飛行機に乗っていた1人の男は「ノルウェイの森」を聴き、ある時の出来事を思い出し激しく動揺するのでした。
著者である村上春樹が、”恋愛小説”という以外に呼び名がないとまで語る恋愛作品です。静かで哀しいドラマが展開され、物語が心に染み込むと評判。心に何かを抱える男女の恋愛に、興味がある方におすすめの1作です。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上
新潮社 著者:村上春樹
2つの物語が同時に進行する、ファンタジー要素満載の純文学小説です。パラレルワールドの物語が2つ収録されており、村上春樹が描く長編小説の代表作のひとつとして知られています。第21回谷崎潤一郎賞受賞作としても話題になりました。
「世界の終り」は外界との接触がない街を舞台に、一角獣の頭蓋骨から夢を読み生活する男の物語。「ハードボイルド・ワンダーランド」では科学者によって意識の思考回路に組み込まれた存在が、回路に隠された秘密に迫る姿を描きます。
静かで幻想的な物語と、波瀾万丈な冒険活劇が1冊で楽しめると評判。村上春樹のファンタジーな世界観に浸りたい方におすすめです。
海辺のカフカ 上
新潮社 著者:村上春樹
15歳の少年と猫探しを得意とする老人の人生が交錯する、旅と人生の純文学小説です。2002年に単行本が発売された作品で、2005年に文庫化もされています。英語にも翻訳されている傑作であり、2012年と2014年には舞台化もされました。
15歳の誕生日を迎えた少年は、生き延びることを目的に夜行バスで旅に出ます。一方、猫探しの名人であるナカタ老人も、導かれるように西に向かっていました。
少年と老人の物語を同時進行で描きながらも、徐々に2人の物語が近づいていく展開に引き込まれると評判の作品です。何かが欠けている個性的な登場人物の、活躍も面白いと高い評価を得ています。夢と現実の間にいるような不思議な感覚に、興味がある方におすすめの1作です。
夏物語
文藝春秋 著者:川上未映子
混沌としたこの世界に、生まれることの意味を問う純文学小説です。2019年に単行本が発売され、2021年に文庫化もされた本作品。第73回毎日出版文化賞文学・芸術部門受賞作で、2020年の本屋大賞にもノミネートされました。
大阪の下町で生まれ小説家を目指し上京した夏子は、”自分の子供に会いたい”と感じ始めます。パートナーがいないながらも子供の存在に想いを馳せるなか、彼女は精子提供で生まれ本当の父を探す男性・逢沢と出会うのでした。
人として生まれることの意味について考えさせられると高い評価を得る作品で、登場人物の苦悩や葛藤に共感できるという声も。クスッと笑えてしっかり感動できる、出生と人生の物語を読んでみたい方におすすめです。
コンビニ人間
文藝春秋 著者:村田沙耶香
コンビニでアルバイトをする女性を主人公に、”普通”とは何かを思案する日常に寄り添った純文学小説です。2016年に単行本が発売された1作で、第155回芥川賞を受賞し話題になりました。2019年には、ラジオドラマ化されています。
大学卒業後も就職せずコンビニのアルバイト歴18年目になる古倉恵子は、36歳で彼氏もできたことがありません。同級生から不思議がられても、自分の人生を世界の一部にしてくれるコンビニ生活に満足していました。しかし、新しく入ってきた男性・白羽に、生き方について”恥ずかしくないのか”と言われ……。
幼い頃から人と違うことを感じていた主人公が、マニュアルが整備されたコンビニで働くことで普通に溶け込め満足する感覚。登場人物の人間性に少しずつ共感する部分があり、興味深く読んだという声も。普通の意味を考えたい方に、おすすめの純文学です。
推し、燃ゆ
河出書房新社 著者:宇佐見りん
現代らしさ満載で、生きづらい世の中を描写した純文学小説です。デビュー作で三島由紀夫賞を受賞した宇佐見りんが、21歳で第164回芥川賞を受賞した話題作。2020年に単行本が出版されました。
アイドルである上野真幸の解釈に心血を注ぎ、”推しは私の背骨”とまで考えるあかり。そんな彼女の推しがある日ファンを殴り炎上したことで、彼女の人生の歯車が狂い始めます。
現実での日常生活がうまくいかないなかで、あかりは推しにすべてを懸けます。その推しの状況の変化で変わっていくあかりを見ると、推し活に希望を見出す危険性がわかると評価される1作。現代ならではの純文学に興味がある方におすすめです。
むらさきのスカートの女
朝日新聞出版 著者:今村夏子
何も起こらない物語であるにもかかわらず、不穏な空気感とじんわりした恐怖が付きまとう純文学小説。第161回芥川賞受賞作で、TikTokでも話題になったベストセラー作品です。17言語に翻訳され、海外でも人気を博しました。
「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性が気になる主人公は、彼女と友達になりたいと思い始めます。友達になるために始めたのは、同じ職場で働き始めるよう誘導することでした。
「むらさきのスカートの女」よりも、主人公の異質さに興味を惹かれたと語る方も多い本作品。読みやすい文章とは裏腹に常にシュールで不穏な空気が流れており、人間の薄暗い怖さを感じたい方におすすめです。
キッチン
KADOKAWA 著者:吉本ばなな
大切な人の死をテーマに、悲しみと絶望を優しく美しい文章で包み込んでくれる純文学小説です。1988年に初めて発売された作品で、1998年にKADOKAWAから文庫版が刊行されました。1989年に映画化もされています。
唯一の血の繋がった家族である祖母を亡くし、天涯孤独の身となったみかげ。彼女は祖母と仲がよかった雄一とその母の家に、居候させてもらうことになります。2人の優しさは、徐々にみかげの心を救っていきますが……。
死を扱っている小説ですが、優しく希望が持てる内容で長く評価されています。悲しみからじんわりと希望を感じられるような、穏やかな気持ちで読める小説を探している方におすすめです。
火花
文藝春秋 著者:又吉直樹
現役のお笑い芸人が描いた、葛藤に塗れた芸人の人生を覗き見できる純文学小説です。著者は、お笑いコンビ「ピース」のメンバーとしても活躍する又吉直樹。第153回芥川賞を受賞しています。
売れない芸人である徳永は、熱海の花火大会で天才肌の先輩芸人・神谷と運命の出会いを果たします。自身を師と仰ぐ徳永に神谷も心を開き、2人はお笑い談義に花を咲かせる関係に。しかし、少しずつ2人は道を違えるようになり……。
お笑い芸人として売れるようになっていく徳永と、自分のお笑いを追求する神谷。突出した才能を持ちながら受け入れられない神谷の不器用さに、心を動かされたという方が多い作品です。1つの職業をテーマに、生きる難しさを表現した純文学に興味がある方におすすめです。
蹴りたい背中
河出書房新社 著者:綿矢りさ
集団のなかで浮いた存在の2人が、少しずつ距離を縮めていく名作青春小説です。発行部数が125万部を突破しているベストセラー作品で、2003年に単行本が発売。著者が本作で、第130回芥川賞を史上最年少で受賞したことでも話題になりました。
高校1年生のハツとにな川は、お互いにクラスの余りモノです。臆病だからこそ孤独な2人は、あることがきっかけで関わりを持つようになり……。
青春を生きる人々の、瑞々しくも薄暗い感情をリアルに描写している本作品。輝かしいだけではない、他人へのもどかしい気持ちに共感できると評判です。ドロドロとした衝動に触れてみたい方に、おすすめの純文学小説です。
博士の愛した数式
新潮社 著者:小川洋子
記憶を保持できない天才数学者と、家族で絆を育む悲しく優しい純文学小説です。第1回本屋大賞や第55回読売文学賞小説賞を受賞した名作で、2005年に文庫化されました。2006年に映画化、2023年には舞台化もされています。
80分しか記憶が保たない天才数学者の家政婦になった女性。博士にとって女性は、いつも新しい家政婦です。博士が彼女に尋ねるのは、足のサイズや誕生日。女性は、数字でコミュニケーションをとる博士、そして10歳の息子と共にかけがえのない時間を過ごします。
数学の美しさと綺麗な文章が、マッチしていると評される1作です。不器用でありながらも心を通わせようとする姿に、心があたたかくなったという声も。わかりやすい数学の美しさを軸に、丁寧に心理描写をしている純文学に興味がある方におすすめです。
西の魔女が死んだ
新潮社 著者:梨木香歩
人生を歩むうえでの大切なことを、物語から教えてくれる純文学小説です。第44回小学館文学賞を受賞している名作で、2008年には映画化されています。また、2024年にはリーディングドラマとして舞台化もされました。
中学に入学してすぐに学校に行けなくなってしまったまいは、西の魔女こと祖母の家で共に暮らすことになります。1ヶ月程度の共同生活で始まった魔女修行。祖母がまいに教えた修行の要は、”何でも自分で決める”ことでした。
魔女が当たり前に存在するファンタジー世界の物語ではなく、現実を舞台にしたリアルな人間の物語が展開されます。子供の頃の複雑な心境を鮮明に描写しており、生きるうえでのポイントを優しく教えてくれる1冊に興味がある方におすすめです。
旅する練習
講談社 著者:乗代雄介
年が離れた2人の旅路を見届ける純文学小説です。2021年に単行本が発売された作品で、第34回三島由紀夫賞、第37回坪田譲治文学賞をダブル受賞しています。第164回芥川賞候補作になったことでも話題になりました。
中学入学を控える少女と、小説家である叔父。コロナが猛威を振るう渦中の春休み、予定がなくなった2人は旅に出ます。2人は千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指し、利根川沿いを歩くのでした。
叔父と少女の旅を、淡々と描く1作です。途中に物語はありながらも、サッカーと風景描写に勤しむ道中をリアルに描いています。ラストまで見逃せない純文学を、探している方におすすめです。
季節の記憶
中央公論新社 著者:保坂和志
風景描写が秀逸な作品として知られる、ある父子の日常を描いた純文学小説です。1996年に単行本が発売され、1999年に文庫版が刊行されました。第33回谷崎潤一郎賞を受賞しています。
舞台は鎌倉の稲村が崎です。静かに時が流れるその場所で、静かに日常を送る2人。語らいながら歩きながら日々を過ごす父と息子の、初秋から冬を描きます。
風景描写の上手さに定評がある作品で、鎌倉の情景が浮かんでくるという声も。また、独特の会話にも引き込まれると高い評価を得ています。大事件が起きるわけではない、哲学的な小説が好きな方におすすめの純文学です。
きらきらひかる
新潮社 著者:江國香織
“純度100%の恋愛小説”と公式が謳う、一筋縄ではいかない人生を描いた純文学小説です。1994年に文庫版が刊行された1作で、第2回紫式部文学賞を受賞しています。物語のメインキャラクターは、事情を抱えるある夫婦です。
10日前に結婚した1組の夫婦には、とある事情がありました。それは、夫が同性愛者で妻がアルコール中毒者であるということ。お互いの事情を知る2人は、すべてを知り許したうえで結婚したはずでしたが……。
歪でありながら純な感情を詰め込んだ作品として、公式の触れ込みに共感する声も多い本作品。本人たちが幸せでも、違う見方をしてくる他人。普遍的な重いテーマを扱っている小説に、興味がある方におすすめです。
あひる
KADOKAWA 著者:今村夏子
得体の知れない違和感と恐怖がじわじわと迫る、不気味な作品をまとめた今村夏子の作品集です。表題作「あひる」を含め、3つの物語を収録した1冊。第5回河合隼雄物語賞を受賞しています。
知人から頼まれ、資格試験の勉強をする主人公の家では”のりたま”という名のあひるを飼い始めます。のりたまを飼い始めてから近所の子供たちが遊びに来るようになり、両親は家に招きお菓子を振る舞うなど上機嫌でした。
しかし、のりたまの体調が悪くなり動物病院に運ばれると、子供たちは来なくなります。その後、家に帰ってきたのりたまですが、主人公は以前ののりたまよりも少し小さくなったような違和感を覚え……。
不気味な事実が明言されるわけではなく一見普通の日常のようなのに、節々に感じる恐怖。気味が悪い、人の怖さにゾクゾクできる純文学に、興味がある方におすすめです。
私の恋人
新潮社 著者:上田岳弘
10万年の人類史で、女性を探し続ける男を描いた純文学小説です。2015年に単行本が発売され、2018年に文庫版が刊行された本作品。第28回三島由紀夫賞受賞作で、2019年には舞台化もされています。
1周目は旧石器時代に生きたクロマニョン人で、2周目はナチスの収容所で死んだユダヤ人。そして、3周目の人生を生き前世の記憶を持つ井上由祐は、ついに平成の東京で彼女と出会い恋をします。
160ページと少ないページ数でありながら、重厚で読み応えがあると評価される1作。SF作品としても楽しめる恋愛小説が、好きな方におすすめです。
純文学小説のおすすめ|近代
こころ
新潮社 著者:夏目漱石
友情と恋のどちらを選ぶのかという、永遠の問いをテーマに揺れる人間を描写する純文学小説です。1916年に生涯を終えた夏目漱石の代表作のひとつで、現代でも漫画化や舞台化される名作として知られています。
鎌倉の海岸で出会った、1人の男性。”先生”と呼び慕っても、彼は心を開いてはくれません。そんな先生から分厚い手紙が届いたとき、彼はもうこの世にいませんでした。その手紙に記されていた先生の人生。そこに書かれていたのは、親友と1人の女性を好きになってしまった悲劇でした。
心が苦しくなるほど、恋心を中心とした悲しい物語が丁寧に紡がれていると高い評価を得ています。心理描写が緻密な、近代の切ない純文学に興味がある方におすすめです。
坊っちゃん
新潮社 著者:夏目漱石
中学校で実際に教えていた経験を背景に執筆した、夏目漱石の初期の代表作として知られる純文学小説です。1906年に発表され瞬く間に話題となった作品で、1950年に新潮社から文庫が発売。2016年には、ドラマ化もされています。
学校を卒業した後、四国の中学校で数学教師となった直情型の青年・坊っちゃん。しかし、そこで待っていたのは、想像とは違う環境でした。無気力な周囲や愚劣な人々に反発し、結局東京に帰ってきた坊っちゃんですが……。
主人公の信念に基づいた奔放な行動に、痛快さを感じながら楽しめると現代でも愛される本作品。坊っちゃんのひねくれた性格もポイントです。主人公が魅力的な純文学を、探している方におすすめです。
羅生門
新潮社 著者:芥川龍之介
大正時代に生きた文豪として知られる芥川龍之介の、傑作を収録した短編小説集です。表題2作を含む8編が楽しめる1冊で、1968年に新潮文庫から発売されました。
天災や飢饉で寂れていた京の都で、生きる道を失った男。「羅生門」はそんな彼が、死人の髪の毛を抜く老婆と出会う物語です。見苦しい鼻を持つ僧侶が、どうにかして短くしようと苦心する「鼻」も収録されています。
悪に手を染め生きるのか、清いままで飢え死にするのか。出会いと会話によって、闇に足を踏み入れる様子を鮮明に描いている名作「羅生門」は高評価の短編です。短い純文学小説を、複数楽しみたい方におすすめです。
人間失格
新潮社 著者:太宰治
本当の自分を出せずに鬱々とした感情をうちに潜ませる男の生涯を記した、人間を描写する純文学小説です。現代にも名を残す太宰治の問題作で、新潮文庫版は1952年に発売されました。発表後、複数回映画化もされています。
“恥の多い生涯を送って来ました”という告白から始まる、1人の男の手記。自分を偽り人を騙し生きてきた男は、自分に”人間失格”の烙印を押します。
人と違うと感じながらもそれを隠し続ける男を主人公に、人間に付きまとう孤独や悲哀を表現した作品です。葛藤や精神の崩壊がリアルに描かれ、思わず共感してしまったという声も。人の弱さを感じたい方におすすめの1作です。
雪国
KADOKAWA 著者:川端康成
ノーベル文学賞作家が歴史に残した、不朽の名作として知られる純文学小説です。1968年にノーベル文学賞を受賞した川端康成が綴った、傑作のひとつとして知られています。2022年にドラマ化されるなど、時を重ねても色褪せない作品です。
島村が駒子という芸者に出会ったのは、雪国の温泉でした。年の暮れに、駒子に再び会うため島村は汽車に乗ります。同じ車両に乗っていた娘・葉子が気になる島村。実は、葉子と駒子にはとある繋がりがあり……。
情景描写の繊細さが評価されている純文学で、雪国の冷たい空気や静けさが鮮明に表現されています。また、美しい文章に夢中になれたという声も。人間ドラマを、傍観者として覗き見したい方におすすめです。
伊豆の踊子
新潮社 著者:川端康成
若者の瑞々しい恋愛模様を描写した、名作短編が楽しめる1冊です。自身も伊豆へと旅をした経験がある川端康成が、踊子との恋を綴った名作「伊豆の踊子」が表題作。過去に映画化や舞台化もされている「伊豆の踊子」を含む、4つの短編が収録されています。
1人で伊豆を旅していた若者は、道中で旅芸人の一座に所属する踊子と出会います。笑顔が素敵な彼女に、目を奪われた彼。芸人たちから話しかけられた若者は、踊子と忘れられない旅をすることになるのです。
美しい文章で、淡い恋心に触れられると高い評価を得ている本作品。当時の時代背景を感じながら、純文学小説を読んでみたい方におすすめです。
舞姫
筑摩書房 著者:森鴎外
古典になりつつある純文学の名作を、現代語訳で楽しめる作品です。現代でも宝塚歌劇団で舞台化される森鴎外の傑作を、読みやすい現代語に訳しています。2006年に、筑摩書房から刊行されました。
短編小説『舞姫』を、井上靖の訳文だけでなく、収録されている原文でも楽しめる本作品。作中では、ドイツ留学中に出会った女性との恋を振り切り、官途を選択した男を描いています。
留学先で恋に落ちるも、帰国すれば安定した生活が待っている複雑な状況。その決断と人間味に、十人十色の感想を抱かせる作品として知られています。脚注や解説も充実しているので、『舞姫』が気になる方はまずは訳版からと推す声も多い1冊です。
高瀬舟
集英社 著者:森鴎外
重く考えさせられるテーマを含んだ、生と死と罪の純文学小説です。罪を犯した男の物語「高瀬舟」を表題作に、合計4つの短編を収録しています。過去には、成宮寛貴主演で映像化もされました。
自らの命を断とうとするも、失敗した弟。そんな彼を発見した兄は、弟を殺し楽にします。弟を殺した罪で、兄は島送りに。果たして男に罪はあるのか、時代を問わない問いを投げかける1作です。
安楽死や貧困の問題など、現代にも通じるテーマについて鮮明に描写した名作。罪とは何で、悪とは何なのか。考えさせられる純文学に、興味がある方におすすめです。
檸檬
KADOKAWA 著者:梶井基次郎
鬱屈な感情を鮮やかな檸檬が吹き飛ばしてくれる表題作をはじめとした、複数の短編が楽しめる作品集です。2013年にKADOKAWAから発売された文庫版で、14編の物語が収録されています。
男が体調の悪いときにしたくなるのは、美しいモノを見るという贅沢でした。彼は1つの色鮮やかな檸檬と出会います。香りや色に刺激を受けた男は檸檬を爆弾に見立て、丸善の書棚に置くのでした。
繊細な文を堪能できる1冊で、解釈に幅がある純文学を探している方におすすめ。著者の当時の状況も反映しているため、心理をリアルに感じられると評判です。清涼感のある短編集に興味がある方は、ぜひチェックしてみてください。
李陵・山月記
新潮社 著者:中島敦
人が人であるために必要なモノを記した表題作含む、至極の短編をまとめた純文学小説です。短い生涯でいくつかの作品を残した中島敦の、人生を凝縮させたような短編を4つ収録しています。「山月記」は、教科書にも掲載されている名作です。
中国の古典をもとに、人が動物に成り下がる姿を描写した「山月記」。そして、李陵・司馬遷・蘇武の、それぞれの葛藤と運命を描く「李陵」も楽しめます。
自身の能力を過信し、プライドばかりが大きくなったことで、虎に成り果ててしまった友。「山月記」ではそんな彼との対峙をベースに、人であるとはどういうことかを記しています。自尊心をテーマにした純文学を、読んでみたい方におすすめです。
新編 銀河鉄道の夜
新潮社 著者:宮沢賢治
未完の傑作ファンタジーを含む、14の短編が楽しめる宮沢賢治の作品集です。表題作「銀河鉄道の夜」を筆頭に、「よだかの星」「セロ弾きのゴーシュ」など名作童話を多数収録。「銀河鉄道の夜」は、映像化や舞台化もされています。
貧しく孤独な少年・ジョバンニの前に現れたのは、銀河を走る銀河鉄道でした。親友であるカムパネルラと共に鉄道に乗り込んだ彼は、素敵で美しく、そして哀しい旅に出発します。
表題作は幻想的な銀河の描写に定評がある作品で、綺麗な銀河に少しの悲しさを感じられるのがよいという声も挙がっています。幸せの意味を考える、深いテーマにも注目。情景を想像しながら楽しめる純文学に、興味がある方におすすめの1冊です。
金閣寺
新潮社 著者:三島由紀夫
金閣の美しさに取り憑かれた青年はなぜ金閣寺を焼いたのか、告白形式で綴られる不朽の名作純文学小説です。1956年に出版された作品で、読売文学賞を受賞。現代でも舞台化されるなど、時代を越える傑作として名を残しています。
吃音と醜い外見に悩む学僧・溝口にとって、金閣寺の美は常識から逸脱していました。”美的なものはもう僕にとっては怨敵なんだ”と語る彼が、美しさを感じる金閣寺を燃やす姿を鮮明に描写します。
劣等感への向き合い方と苛まれた結末に焦点を当てた1作として知られ、金閣寺を燃やすとわかっていてもラストにはハラハラしたという声も。物語に入り込める、細かい情景描写も高評価を得ています。1人の人間の内面に迫った純文学を、探している方におすすめです。
小僧の神様
新潮社 著者:志賀直哉
“小説の神様”とまで謳われた志賀直哉の、円熟期の作品から厳選された短編集です。2つの表題作を筆頭に、18の作品が収録されています。掲載作品である「流行感冒」は、2021年にドラマ化もされました。
「小僧の神様」は実際に著者が見た、屋台に入ってきた小僧が値を言われ持った寿司を置いて出た情景から生まれた物語。「城の崎にて」は交通事故の療養時に体験した出来事から、生と死の意味について考える名作です。
本当の優しさについて考える短編や、偶然事故から生還を果たした自分が死について考える短編。一生付きまとう人間のテーマに、真っ向から向き合った1冊です。陰鬱とした雰囲気が漂う、純文学に興味がある方におすすめです。
春琴抄
KADOKAWA 著者:谷崎潤一郎
マゾヒズムを究極まで美しく描写した、谷崎潤一郎を代表する純文学小説です。男女の歪でありながらも純な愛の物語で、KADOKAWAから2016年に文庫が発売。映像化・舞台化はもちろん、漫画化もされている名作です。
9歳のときに失明し、やがて琴曲の名手となった春琴。音楽の才に恵まれた代わりに、彼女はわがままで高慢な女性に成長していました。どれだけ辛くあたっても献身的に支えてくれる丁稚奉公・佐助と、春琴は徐々に親密な関係になっていきます。しかし、彼女をある大事件が襲い……。
佐助のマゾヒズムに圧倒されながらも、物語から目が離せなくなる本作品。高尚というよりも、狂気的な愛のストーリーに触れてみたい方におすすめの1作です。
青が散る 上
文藝春秋 著者:宮本輝
大学でのテニス部活動を文学的に描いた、若者の光と闇を描写する青春小説です。宮本輝の代表作として知られる作品で、2007年に新装版が刊行され話題に。初めて単行本が発売されたのは、1982年です。
大学に入学した椎名燎平は、仲間と共にテニス部を設立します。炎天下での過酷なコート作りや、仲間同士での争い。燃えるような運命の恋など、青春だからこその物語をテニスを軸に描写した1作です。
それぞれが闇を抱える大学生たちが、テニスや恋に打ち込む姿を描いています。甘いだけではない、苦い青春も感じたい方におすすめの純文学です。
破戒
新潮社 著者:島崎藤村
部落差別をテーマに、現代にも蔓延る負の普遍を描ききった純文学小説です。1906年に島崎藤村が自費出版した作品で、夏目漱石の目に留まったことで瞬く間に話題になりました。過去に複数回映像化されており、2022年にも間宮祥太朗主演で映画化されています。
明治後期の時代、部落の出身である教員・瀬川丑松は、父から自分の出身を隠すよう命じられていました。しかし、活動家の熱を受け、彼はついに自らの出自を明かしてしまい……。
戒めを破った結果、社会の偽善に追放された丑松の、葛藤に塗れた日々を綴っています。理不尽な被害に遭う場面も多いものの、自分として生きる告白に清々しさを感じたという方も。差別について考えさせられる、純文学に興味がある方におすすめです。
砂の女
新潮社 著者:安部公房
サスペンス溢れるハラハラとした展開で、人間という存在の極限の形を追求した純文学小説です。1962年に発表された作品で、2021年に舞台化もされています。第14回読売文学賞小説賞を受賞しただけでなく、フランスにて最優秀外国文学賞も受賞している傑作です。
昆虫採集のため砂丘に来た男は、砂の中に沈む一軒家に閉じ込められます。あらゆる手段を使って外に出ようとする男と、家を守るために男の脱出を妨害する女。2人の姿を眺め楽しむ村人たちも含め、”人間”を描く作品です。
世にも奇妙な状況からの脱出を試みていた男が、少しずつ順応していく悲哀。環境ではなく、自分自身の内面の大切さを感じられると評判。風刺的な小説が好きな方に、おすすめの純文学です。
山椒魚
新潮社 著者:井伏鱒二
1966年に文化勲章を授与された井伏鱒二の、初期の代表的短編を楽しめる短編集です。1929年に発表された表題作を含む、12の短編を収録しています。
著者の処女作である本作品の表題作「山椒魚」は、岩屋に棲んでいるうちに体が大きくなり、外に出られなくなった山椒魚の悲しみを描く傑作です。
もともとは画家を目指していた著者による細部の描写が素晴らしいと評判で、生き物の表現にも定評がある1冊。ユーモア溢れる純文学に、興味がある方におすすめです。
純文学は芸術性に特化しており、美しい文章や情景描写、繊細な心理描写などを味わえる作品が数多く発表されています。今回ピックアップしたのは、初心者にもおすすめの名作ばかりです。気になった作品があればぜひ読んでみてください。